Four Winds

chinacats.exblog.jp ブログトップ

南房総 大房岬に見る戦争史跡

3月いっぱいで有効期限が切れる宿泊券を親類からタダで貰うことが出来たので、奥さんと一緒に南房総の大房岬に来ています。

二人とも観光には興味が無いので、今日はホテルの周りにある遊歩道を中心にのんびり散歩しました。陽気も快適で綺麗な海や対岸の三浦半島、伊豆の山々、伊豆大島を見ながら歩いていました。

少し歩くと古い人工物が自然の中にあるので不思議に思いました。ネットで検索してみると驚くことが分かりました。

↓この写真は何だと思いますか?
e0126861_18321303.jpg
これは人間魚雷 回天の発射場です。(周囲に看板一つありません) 先の戦争中、東京湾に進行してくる敵艦船を迎撃するために配置されていたのです。

私が行くところ、どうしてこうも戦争に関連した物に多く出会うのか不思議に思いました。

↓こちらは点在する要塞跡(弾薬庫、発電所、照射場など)です。今でも立派に存在していました。また、山の上には大きな砲台跡もありました。
この要塞作りは、何と1928年(昭和3年)に作り始め4年かけて完成させたそうです。つまり、満州事変の3年前に、既に東京湾で敵を迎え撃つ準備をしていたのです。
e0126861_18411523.jpg

この要塞が完成して米軍との戦争が始まるまで約10年経っています。実際は満州事変の前からキナ臭い時代が忍び寄ってきていたはずです。戦争とは徐々に確実に何年もかけて近づいてくるのですね。

太陽の陽射しが心地よい散歩でしたが、要塞の跡地に近づくたびに陽射しが無くなり暗く湿ったところになるんですね。戦争するとサニーサイドからダークサイドに変わること。精神的にも暗くいびつになって人間の嫌な面がたくさん出てきます。
ここの要塞で過ごした兵士も、日向に出ることはできず、日陰で毎日過ごしたのでしょう。それだけで感覚がおかしくなってきそうです。

e0126861_18414893.jpg

そんな事を考えていると、ふっと沖縄のひめゆりの塔を思い出しました。
「太陽の下で大手を振って歩きたい。」「水が飲みたい、水、水」この一節が浮かんできました。ガマ(洞窟)の中で、さぞ辛い思いをしたのだなあと思いました。

そう言えば、今日は沖縄戦で座間味島などに米軍が上陸した日です。座間味では同日、渡嘉敷では28日に「集団自決」(強制集団死)が発生。県内の他の地域でも起きました。沖縄戦では4人に一人が亡くなっています。

日本軍から手榴弾を4人で一つ与えられ、最後は自爆するように命令されました。ところが手榴弾は不発が多かったため、刃物などで家族を親が殺すという悲惨な事態があちらこちらで起こりました。それは想像を絶する凄惨さだったはずです。

沖縄の人たちが、どうして基地撤去を訴え続けるのか、沖縄の悲惨な歴史を知る必要があります。

歴史を知ることは、未来を幸せに生きていくためには欠かせない事です。


今日はこの房総の大房岬にて、昔は信仰の岬、そして70年前はジハードの基地、要塞を 期せずして見ることになりました。

明日、帰ります。


今度の日曜日の午前11時から日本テレビ系で、戦災孤児のドキュメンタリーが放送されます。体験者が語る貴重な番組です。ぜひチェックしてみてください。






[PR]
by blue_jade | 2015-03-25 11:56 | Comments(0)
line

徒然日記(音楽、鬱、ペット.介護、etc)


by blue_jade
line
クリエイティビティを刺激するポータル homepage.excite