Four Winds

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Long Strange Trip

「Long Strange Trip」を見て最後はあまり良い感じがしないのはなぜだろう?
私は最後のコンサートでジェリーが首をかしげながら「So Many Road」を歌う姿をみていないし、あれほどの状態のジェリーをそれまで見たことはなかった。

たしかに85、6年を境にデッドは変化をしていったような気がする。これは具体的な指摘ではなく、私が年に3~4回のライブを見るたびに感じた主観的なものである。

デッドは個人的な心象風景とも相乗してコンサートの全体のイメージができあがる。それまでたまってきた垢を落とすような過程を経て、徐々にデッドの自由で開放された世界に入っていくことができる。

個人的には↓の86年のNYEは印象がとても強い。ジェリーがこん睡状態から復帰して最初のNYEだったこともあり、とても良いショーだったと思う。会場も小さく音の良いヘンリーカイザー(旧オークランドアリーナ)だったし、コンサートに来る人数も90年代に比べれば多くはなかったと思う。



このNYEランの二日目の28日は前日よりはるかに良いショーだった。特に14分あたりからの「Scarlet→Fire」は会場は大盛り上がりだった。となりにいた髭面のオヤジが「今日は昨日よりうんとイイぞ!」と叫んだのを思い出す。もちろん私も同感だった。ビデオでは伝わらないだろうけれど、ジェリーは本当に乗っていい演奏をしていた。

デッドも90年代に入ると演奏はよりタイトになり、エネルギーにあふれていた。でも、僕は80年代の前半の方が好みが合った気がする。90年代は会場は人であふれて移動するのも大変だった。アリーナの前に行ったら、トイレはあきらめるくらいの気持ちにならなければいけないし、あとからどんどん人が割り込んできて、そんなことに気を取られてしまうと楽しめないような状況にもなった。

93年の夏のユージーンからSFのショアラインが僕がジェリーを見た最後だったけれど、93年もさっぱりした音でよかったと思う。

それから二年後に、ジェリーがあんな痛ましい姿で歌っているとは思いもよらなかった。そこにいたるまでの過程を「Long Strange Trip」は描いているから、なお辛いものになってしまうのだ。

僕のデッドはもっとリアルで、つまらないライブもあったし、次の日には化けるライブもあった。いつもよかったわけでもないし、いつもつまらなかったわけでもない。そこが人間らしいデッドと思っていた。「おお、今日はジェリー、いいねえ」と周りと共感する世界。つまらないと、途中でもさっさと帰る人もいたし。そこがいいところだなのだ。

「Long Strange Trip」は極端に描きすぎのような気もする。デッドはもっと人間味に溢れていたと思う。95年のファンによる不幸な一面は事実だが、もっと良い意味でいい加減だったような気もするのだ。ー

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今日の夕方、田んぼに二時間ほどの作業を終えて帰ってくると、なにやら家の周囲に何かを燃やしたような臭いが漂っている。「もしかしたら家?」とあせって玄関をあけると、台所でフライパンとコンロが赤くなっていた。フライパンに水を入れて厚揚げを煮ていたのを忘れて田んぼに出かけてしまったのだ。まったく、これで何度目だろう?幸い火が出ていなかったら良かったが、今度コンロは自動消火できるものを購入しよう。

火の用心!火の用心!





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by blue_jade | 2017-07-23 22:52 | Comments(0)
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徒然日記(音楽、鬱、ペット.介護、etc)


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