Four Winds

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明日は大事なライブ

これは許せない。人の金を勝手に武器商人にまわすなんて。いつから守銭奴の国になったのだ。
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明日は所沢の航空公園の野外ステージで大きなイベントがある。僕達のカントリーバンドは初出演なので緊張もするし、やっぱりいいところも見せたい。
「ステージに上がったら世界で一番うまいんだ」と思い、普段の練習の時は「世界で一番下手だと思って練習する」というクラプトンの言葉を胸に刻んで臨みたい。


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# by blue_jade | 2017-05-13 21:46 | Comments(0)

橘花(たちばな)

五月はミカンの花が咲き乱れ、どこに行ってもかぐわしい香りが漂っている。畑に行っても、我が家の庭からも、近所を散歩しても、どこからでも香りが漂ってくる。

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夏ミカンの花

今日は夕方にくりまさりの苗を植えよう。明日は雨だからちょうどいいだろう。田んぼにも水を入れたいところだが、トラクターで破れた波板シートの補修が先だ。田んぼの高低差を治すために一輪車で土を移動する作業もある。やる事はまだまだ沢山ある。


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# by blue_jade | 2017-05-12 08:25 | Comments(0)

苗を育てる

苗半作。苗を立派に育てると秋の収穫は半分保証されたも同然という意味の言葉です。この苗の育て方は慣行農家の方はとても上手です。機械による田植えのため、苗を同じ高さに揃えるように保温箱で調整するのです。この技は私達がやっても多くの人が失敗するほど難しいのです。

↓これが慣行農家の苗です。(最近は農協の育苗センターから購入する農家が増えています)
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こちらの苗は今朝の私の苗床の苗です。現在は苗床を使って苗を育てる生産者は希少です。肥料はヌカと蕎麦カスの植物性だけです。色むらがあって均等に育っていません。

種まきした当初から冷たい水に埋もれてしまったのも原因です。ここは4つの田んぼ団が同じ田んぼで苗を育てているので、なかなか自分のところだけ水をうまく調整するのは難しいのです。


※驚いたことに、コーネル大学のデッドの事を書いたブログが、なんとFaceBookへのシェアが34件も記録されています。すごいなあ。こんな沢山の人がシェアしてくれたのは初めてです。


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# by blue_jade | 2017-05-11 09:26 | Comments(0)

くりまさり

くりまさり ー 栗より勝っている ー という意味の平塚特産の希少なサツマイモの名前です。

紅あずまの様に色も形も優れているわけでもなく、どちらかというと うらなりのような形状のくりまさりは、市場から敬遠され一部の愛好家の農家だけが細々と栽培してきました。

平塚のサツマイモ栽培の歴史は古く有名なのですが それでも平塚の人でさえ くりまさりの事を知っている人はほとんどいません。それほど希少なサツマイモなのです。

平塚の土は砂状の土が多いため、他の土地ではあまり上手く育たないと言われています。私の借りている畑は大豆は良く出来ましたが、土は砂状ではないのでサツマイモはイマイチと言われています。特に安寧芋系は上手く育たないそうです。

でも、このくりまさりは母も叔父もとっても気に入っているサツマイモなので、何とか作って食べさせたいと思って今年は育てることにしました。また、亡くなった義父が作っていた芋でもあるので、それを引き継ぐ気持ちもあります。

くりまさりは今週中に作付け予定です。

食感は今流行りのネットリ系ではなく、ホクホク系の芋で中の色は白いです。
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一般消費者に好まれないいびつな形であるため、ほとんど市場に出回らない幻のサツマイモ クリマサリ


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# by blue_jade | 2017-05-10 09:20 | Comments(0)

GDの1977-05-08コーネル大学

1977-05-08 DHの間では知らない者はいないというほど超有名な音源だ。これがマーチャンダイズから綺麗な音でCD販売されて話題になっているようだ。

文句を言うつもりではない。正直言うと「へ〜」って感じなのだ。たしかに若い時は、こういう抜群の演奏を聴くのが好きだったし良く探し回ったものだった。
デッドの歴史の中では確かに70年代のデッドは物凄い年代で、デッド好きにはたまらない年代だと思う。おそらく人気投票したら70年代が最も高得点を得る年代だと思う。

しかし、デッドが存在しない今では、自宅や友人の部屋の居心地の良い環境で、音の良いステレオから流れるデッドを聴く範囲内のものでしかない。

私も10年間くらい、そういう時間を過ごしたが、やがて実際にデッドショーに行くようになり、それは「聴く」から「体験」に変わった。その体験は二度と味わえないようなものであり、自分の部屋でのんびり聴いているような世界とは完全に異質なものだった。

固執しているわけではない。私は77年のショーは体験していない。だから そのショーは数多くある素晴らしい音源の一つにしかすぎないのだ。

デッド体験者が徐々に少なくなり、若い世代はデッドをかつての音源で知り 目覚めることが米国では多くなってるのだろう。それはデッドを聴く環境の良さもあるだろうが、そういう人たちがのめり込むのは70年代のデッドだというのは理解できる。

でも、これだけは言いたい。There is nothing like a Grateful Dead Concert.という言葉があるのは決して偶然ではないのだ。


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# by blue_jade | 2017-05-09 19:12 | Comments(0)
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徒然日記(音楽、鬱、ペット.介護、etc)


by blue_jade
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