Four Winds

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旅の終わりに

今朝になってオシッコの色が普通に戻った。でも今日は無理せずに動いた。こういう時に連泊だと部屋で休めるから助かる。

午前中は明日帰国する船が出る国際港に行った。事前に下見を兼ねて乗船時にかかる燃油代など先払いに行ったが船会社の窓口は閉まっていた。釜山国際港には行きは15分ほど歩き、帰りはこの旅で初めてタクシーを使った。

昼食はテジカルビを食べた。日本でも焼肉屋にほとんど行ったことがないのでテジカルビが何なのか全く分からないが、たまたま泊まっている釜山駅から10分くらいのところに通称「テジカルビ通り」という名前の筋があるので行ってみた。思ったより肉は柔らかく味付けは意外にも甘かった。しかし二人分からの注文になるので食べすぎた。こんなに豚肉(テジ)を食べたのは初めてかもしれない。

昼食の後は一度ホテルに戻って休んだあと、午後2時から南浦の跳ね上げ式の影島大橋を見に行った。南浦は最初に泊まったところなので、もう道に迷うこともなく懐かしい思いで歩いた。この跳ね上げ式の橋は日本統治時代にあった橋を最近になって再建したもので毎日午後2時から15分ほど橋が跳ね上がる。
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朝鮮戦争では北朝鮮軍が南下した際に最後の砦となった釜山には多くの家族がバラバラになりながら逃げてきた。その時に「釜山の影島(ヨンド)で会おう」と待ち合わせ場所にしたところだという。
また、今の釜山の多くの市場は朝鮮戦争時代に難民になったり、未亡人になったりした人たちが築いた市場だという。ここは日本植民地時代から朝鮮戦争時代、多くの悲劇を生んだ土地であったのだ。

その悲劇を後世に伝えるために釜山のいたるところに像が作られている。家族が再会して抱き合う像や、この影島にもある像(写真)の様に戦争を逃げ延びた家族の像などがあちこちにある。きっと慰安婦像も戦争の悲劇を語る数多くの像の一つに過ぎないのだと思った。
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この影島の橋を見たあとは、チャガルチ水産市場を抜けて観光客で賑わう南浦洞をつまみ食いしながら歩いた。先週、ここに到着して右も左も分からない時に、地下街で親切なお爺さんが流暢な英語で助けてくれたことなど思い出して、帰りに再び同じ道を歩いたりして思い出に浸った。

韓国の人は皆親切だった。もちろん旅行者と主に接するのは客商売の人だから愛想は良いだろう。それでも中には愛想の悪い人はいるものだ。1週間いた釜山では一度も嫌な思いはしなかった。

ただ、歩道をバイクが平気で走ったり、大きな車が歩道を占領して駐車したり、バスやタクシーの運転がやや乱暴に感じた。また、地下鉄や電車の中で携帯で話すのは普通で皆していた。だから日本の地下鉄の様に静かではなかった。

3、1が迫っているせいか、右翼もあちこちで見かけるようになった。駅前にも右翼がいて日本と同じ様に威勢の良い曲を大音量で鳴らし、星条旗と太極旗を一緒に並べていた。日本とまったく同じである。つまり同じ人種なんだと思った。一方で通行人は特に何の関心も示していなかった。これも同じだった。

まだ気づいたことがたくさんあるけれど、明日は日本に戻る船に乗るので帰ってからゆっくり書いてみようと思う。

明後日、家に帰ったら自治会長と話をしなければならない。公害を出す会社に自治会が抗議しているのだが、私がその代表みたいになっており、自治会長が私に相談したいと言ってきているようだ。昨夜 家内からTV電話のFaceTimeで連絡があり、一気に気持ちが旅モードから現実モードに切り替えられてしまった。便利になるのは良いのか悪いのか?

さて、明日は最後の釜山だ。朝は宿の食事が出るけれど、昼は肉以外の美味しいものを食べよう。その後2時ごろまでに港に行き3時に大阪に向けて出航だ。

今回の釜山旅行は近代史の韓国と日本の歴史に触れる良い旅だった。韓国の方の世話好き話好きで人に優しい対応は共通した印象だった。面倒を嫌がらないところも見習うべきだと思う。やはり旅の良し悪しは接した人で決まるのだろう。
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街で観光客のサポートをする彼女たち。ボランティアではなく仕事である。
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# by blue_jade | 2019-02-25 21:24 | Comments(0)

小休止

自宅にいる時はどこに行っても、母と一緒に行った場所や母の介護用品の買い物をした場所に行くことがどうしても増える。その度に母のことを思い出さない日は1日足りとも無かったが、ここ釜山に来てからは初めて母を思い出さない日がある事に気がついた。旅はどこに行くというよりも旅そのものが日常から解放させてくれる。

さて、今日は温泉に行ってきた。行き先は巨大健康ランドの虚心庁温泉(ホシンチョン)。何もかもがハイテクで管理されており、利用者は番号のついた腕輪を持つだけ。下駄箱、ロッカーも同じナンバー。アカスリをする時も、途中食事をする時も全てこの腕輪のナンバー鍵で管理されており、帰りに全てのお金を払うというシステムだ。私はハングルを読めないので食券の買い方が分からず、天ぷらうどんを5杯も注文しそうになった。
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★このハイテク・キーがお客さんの安全性や利便性を保ちつつ、支払い金額もしっかりとこのキーに記憶されて帰る時にお金を支払うシステムだ。(温泉代800円、休日は1000円 プラス使った分)

このようにハイテクによって利便性が良くなっているのが今の韓国だと思うが、一方で市場で働くおばさんたちは、路上に野菜や魚を山のように置いて売っている。その光景は今の韓国のハイテクのシステムから無縁であり、昔から何も変わっていないように見える。
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温泉から出て宿のある釜山駅周辺の焼肉屋に入ってトイレをすると何と血尿が出た。今まで痛みの伴う血尿は経験しているが無痛は初めてだ。その後、ホテルにチェックインした後も血尿は続いているので検査は帰国後にするとして、大事をとって明日は遠出は控えて、近場をのんびり散策して 過ごす事に。それだけでも より街に慣れて見える光景が変わってくるはずだ。

若い頃は旅に出ると1週間は同じホテルや場所から動かなかった。今でもできれば最低2日以上は滞在したい。同じ場所に2日以上いると街が身近になって戸惑うことがなくなってくる。そして宿のスタッフや食べ物屋のオヤジやコンビニのお姉ちゃんと親密度が増して益々居心地が良くなってくるという利点がある。


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★この果物や野菜は1ザル5000ウォンと書いてある。だいたい500円だ。

韓国のサツマイモはこの時期までどうやって保存していたのかな?うちのは2月には全て腐り出してしまうけど。今の時期に良く露天商で見かけるのはミカン、イチゴ、サツマイモだ。

道路や通路に野菜を置いて売り出す。上の魚売りの場合は屋台にナンバーが付いて許可を受けている事が分かるが、下の写真の様に道路で勝手に販売するおじいちゃんやおばあちゃんも多い。

ハイテクが進む一方で昔のままの韓国がまだ残っている。日本ではせいぜい輪島の朝市くらいか? 自分の街で地べたで物売りしている光景はもうほとんど目にしないだろう。韓国ではタワーマンションがひしめく大都会でもこの様な光景が多く見られる。




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# by blue_jade | 2019-02-25 00:10 | Comments(0)

日帝の悪行

釜山といえば日帝が朝鮮を我が物にした足がかりになった土地である。なので釜山から少し離れた街に「地球の歩き方」にも載っていない日帝の悪行の数々を展示したメモリアル館が存在する。

今朝は観光客で賑わう南浦にある「釜山近代歴史館」に行った。この記念館は「東洋拓殖株式会社」という国策会社の支店だったところだ。この会社が朝鮮侵略の足がかりを作った。
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そこで館内案内のボランティアをしているカンさんという方(日本名をつけられた世代)に「ここにも行った方が良い」と言われたところが、少し市内から離れた地下鉄駅テヨンから歩いて20分くらい歩いた丘の上にある「日帝強制動員歴史館」だった。

道に迷いながらも何とかたどり着いた。館内をゆっくり見た後に、ずっと私を見ていた(らしい)女性スタッフから感想をノートに書いてほしいと頼まれた。「ここに来る日本人が増えるように帰国後にぜひ英文でも感想メールをくれないか?」と彼女のメルアドを渡された)
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徴用工名簿
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朝鮮の女性が慰安婦をさせられた部屋(復元)

すぐ近所には国連平和記念館、朝鮮戦争で戦没した国連軍兵士のメモリアル墓地もあり、ここは戦争一色の地域だった。
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マッカーサーのコーンパイプ
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まだ子どもだ
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朝鮮の誇りある人々の名前を日本名に強制的に改名させて、女性も男性も都合の良いように非人間的に利用した過去は、被害を受けた人々は語り継がれて決して忘れないだろう。その証拠がここには数え切れないほどあった。

当時の日本の内閣は国家総動員法を国会の同意なしに制定して「合法的」に都合の良いように自国や朝鮮をコントロールしていった。
企業に都合の良いように法律を作り、その見返りにうまい汁を吸う政治家たち。今に通じるものがあると今日一日強く感じた。


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# by blue_jade | 2019-02-23 18:56 | Comments(0)

釜山港へ帰れ

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大阪南港から6千円で釜山まで行けるチケットで今朝、釜山港へ到着しました。夜行バスで大阪まで行けば1万円で韓国まで行ける安さです。でも、さすがに大阪までは新幹線で行きました。この写真は今朝10時に釜山港大橋の下を超えるフェリーからの写真です。

最初の宿泊先である釜山の南浦は近代化が著しくおしゃれで東京と変わりません。だから面白くないのですが、午後に水産市場に行ったら、昔ながらの韓国を見たようでホッとしました。やっぱりこれじゃなくては!街の匂いはタイのような匂いもしますし、歩道もあちこちでガタが来ています。

港ではなぜか私より少し上の年齢のおじさんたちが港で日向ぼっこしてます。尋常な人数ではないです。市場で魚を売るのは圧倒的におばさんたちです。浮浪者は見かけますがシスコに比べれば少ないです。

感心したのが水産市場にトロ箱の発砲スチロールが少ない事です。 日本では一回だけ使って廃棄する発泡スチロールが山のように港にありますが、韓国は木箱とプラ製のカゴでした。木製のトロ箱が山のように積んでありました。たまに発泡スチロールも見かけますが、日本よりも少ないです。

ジェリー・ガルシアも寿司屋の発泡スチロールの多さを気にしていたそうですが、韓国はコンビニも袋は20ウォンを徴収するので基本そのまま商品を渡します。こうしてみると日本は過剰すぎます。
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発泡スチロールが少ない市場。漁師の船にはあるのかもしれないが、市場では見かけなかった。


車は3ナンバークラスが圧倒的に多い。軽自動車は無い。国産車のデカイのが狭い路地を器用に走っている。ドアには傷につかないように硬いスポンジ状のものを貼ってある車もある。トヨタはほとんど見ない。日産は一台だけ見た。あとは国産車。たまにベンツ。運転マナーは悪く無い。クラクションはあまり鳴らさない。


あと女性は目元、眉毛が皆同じようなメイクにしている。流行りなのか?皆同じに見える。

人は親切だと思う。今朝、港から地下鉄駅に来る時もシャトルバスの運転手のおじさんは親切だったし、中央駅で英語表記の駅名を目を凝らして見てたら、お年寄りが英語で話しかけて来て親切に色々教えてくださった。お爺さんはバンクーバーに住んでいたそうで英語は堪能だった。困っている人を見て知らない事にはできないのかもしれない。

今の日韓関係は良く無いし(為政者がそれを利用しているのだが)、反日感情も悪いだろうし、3月1日の独立運動記念日を前にそれなりに覚悟はしていたものの、そんな危惧は吹き飛んでしまった。まだそんな深い話はできないけど。。

ー22日ー

今日は「竹島の日」ということでソウルでは日本大使館前で抗議デモがあったとニュースでやっていました。

今日はローカル線で慶州まで行きました。ここは日本で言えば「奈良」ですね。気ままに歩いてきました。一人の良さは行き当たりばったりで旅ができる事です。今や高速鉄道で30分、高速バスで1時間で慶州まで行けるのに、わざわざ2時間もかけてローカル線の鉄道でのんびり慶州に行きました。

慶州は田んぼも多くありました。ちょうど春起こしをしている時期でした。日本よりも相当深く土を起こしていました。

慶州には昔の新羅の遺産がたくさんあります。今日は日本語堪能なコンさんという人に偶然出会い、とても親切にしてもらいました。コンさんによると慶州市は奈良市と姉妹都市だそうです。やっぱり。

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話は前後しちゃうけど、釜山から慶州に行くローカル線の出発地点が釜田駅、その駅周辺の釜田市場は巨大な迷路のような市場です。カオスの極みであるカルカッタのマーケットを思い出しました。エネルギーの塊の市場でした。

食事で思うのは韓国はものすごい肉食文化です。今日、新羅の歴史を学んだけれど、どうして日本は四つ足を食べない文化になったのだろうか?仏教の影響大なのか?

韓国の食事は胃が強い人じゃないと持たないです。沖縄料理でさえ僕もカミさんもダメだったけど、韓国はもっとダメかも。とにかく韓国に来てから胃の調子は最悪。欧米人のビーガンは絶対に来れない国だろう。でも肉好きな人にはたまらない国かもしれない。

さて今日は宿を変えてどこに行こうか?宿はとても綺麗なゲストハウスで一泊2200円くらい。ちょっと早いけど帰国便を予約しようと思ってネットをチェックしたら何と全て満席になっていた。安価に帰れる日と乗り物を探さなければ。


ーー23日ーー
どこに行っても子どもが多いが、多分3月頭まで学校がお休みのようだ。日本とは一ヶ月早い春休みみたい。どうりで寺院仏閣行っても韓国人の観光客が多いと思った。欧米人はほとんど見かけない。

梅はまだほとんど咲いていない。気候は思っていたより暖かい。日本もそうだろうけれど釜山も例年より相当暖かいのでは?天気予報だとソウルよりもかなり温度が高いようだ。

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# by blue_jade | 2019-02-21 20:42 | Comments(0)

懐メロ

土曜日のスタジオ練習のあとに、とある飲み屋に入ったところ、70年代の懐メロばかりが流れていました。曲がかかるたびにメンバーの各々がウンチクを話し、当時を懐かしがっていました。中でも皆が同じように騒いだのが高木麻早のこの曲でした。

1973年の曲でおよそ半世紀も前の曲ですが、今、聴いても古臭い感じがしません。というか僕らがそう聴こえるだけで若い人が聴けば古臭く感じるのでしょうか?私の両親が昔の懐メロを懐かしがって「東海林太郎」とか聴いていましたが、僕は古臭く感じていましたから。

↓この曲はカントリーぽいので、バンドでやろう!と酒の席で盛り上がりましたが、どうも話だけで終わりそうです。


↓同じく高木麻早の1974年の曲「思い出が多すぎて」


この時代は女性ボーカルのかすれた弱々しい声が流行っていた時代でしょうか。オリビア・ニュートン・ジョンなど可愛らしい声が流行った頃でしょうか。

そのオリビアも歌っている曲がバンドの課題曲です。この曲、最初はいまいち好きになれなかったけれど、バンドで演奏してみると結構ノリの良い楽しい曲にイメージが変わってきました。



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# by blue_jade | 2019-02-18 17:10 | Comments(0)
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徒然日記(音楽、鬱、ペット.介護、etc)


by blue_jade
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